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東京地方裁判所 昭和46年(ワ)8842号 判決

原告

日本国有鉄道

右代表者総裁

藤井松太郎

右訴訟代理人弁護士

環昌一

西廸雄

右訴訟代理人

岡田義雄

外五名

被告

国鉄動力車労働組合

右代表者中央執行委員長

富田一朗

外二〇名

右被告ら訴訟代理人弁護士

新井章

雪入益見

田原俊雄

主文

1  被告らは、各自原告に対して、金一四万二〇三〇円及びこれに対する昭和四四年五月二九日以降支払いずみにいたるまでの年五分の金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの連帯負担とする。

3  この判決は仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の申立

一、原告の求める判決

主文と同旨

二、被告らの求める判決

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一、請求の原因

1  被告国鉄動力車労働組合(以下「動労」という。)は原告の職員らの組織する労働組合で法人たるものであり、被告動労以外の被告ら二〇名の者はいずれもその組合員である。

被告動労以外の被告ら二〇名の者は、昭和四四年五月二八日午後五時五五分頃から同六時一五分頃までの間及び同日午後八時五〇分頃から同九時二五分頃までの間、原告が所有し、そして原告の甲府機関区長が管理する甲府市北口二丁目一番九号東京西鉄道管理局甲府総合事務所五階及びその付近階段並びに二階及びその付近において、各自その実行行為を分担して、右同所の壁、扉及び窓等別表記載の箇所に、巾約一三センチメートル、長さ約三七センチメートルのビラで「助士廃止断固粉砕」「16万5千首切り合理化反対」などと印刷又は手書きしたもの約三五〇〇枚を糊りで貼り付けた。

2  右のビラ貼りの実行行為は、被告動労の決定及び指示にもとづいて、同被告以外の被告らが原告の職制による制止を無視して強行した共同加功行為である。すなわち、被告動労は昭和四四年四月第二一回臨時全国大会において「助士廃止粉砕」を掲げて同年五月三〇日を目途とするストライキ体制の確立を申し合わせたが、その際それに付随する闘争戦術としてビラ貼り等を決定し、その後同被告東京地方本部を通じて右の趣旨に沿つたビラ貼りの実行が指示された。

3  原告は、その鉄道事業等の能率的かつ適正な運営により、公共の福祉を増進することを目的として設立された公法上の法人であることにかんがみ、各種物的施設を右目的に適合するように運営管理する権限と責務を有しているところ、右1及び2におけるように、原告管理者の意に反して本件施設に対してしたビラ貼り行為は、被告らの主観的意図がどのようなものであろうとも、それ自体違法な権利侵害行為であるといわざるをえない。

4  右の違法なビラ貼り行為は、被告動労がその実施を指示し、同被告以外の被告らが右指示に応じてその実行行為を分担しておこなわれたものであるから、被告らは共同不法行為者として連帯してその損害を賠償する責に任ずべきである。

ところで、原告は、右の違法なビラ貼りにより甲府総合事務所の前記壁、扉、窓等の個所に糊付けされたビラを除去し、同個所等を原状に復するため、外部の業者にその作業を委託し、その代金額合計一四万二〇三〇円の支出をよぎなくされたのであるが、このことは、原告が被告らの本件共同不法行為によつてすくなくとも同金額相当の物的損害を蒙つたことを意味する。

5  そこで、原告は、被告ら各自に対して、不法行為にもとづく損害賠償として金一四万二〇三〇円の支払いと、遅延損害金として本件共同不法行為発生の日の後である昭和四四年五月二九日以降完済までの右金額に対する民法所定年五分の金員の支払いとを求める。

二、被告らの答弁(請求原因について)

1  請求原因1は認める。ただし、原告主張のビラの大きさ及び枚数は否認する。本件ビラ貼りは、メリケン粉を水で溶かして煮た水糊を壁などに塗り、その上に組合の要求を書いたビラを整然と貼つてする、従来からやつている方法によつたものであり、ビラは被告動労中央本部及び同東京地方本部から来た印刷されたもののほか、同甲府支部の組合員がその要求を自らビラに書いたもので、ほぼ統一された大きさ及び形態であり、その枚数も二〇〇〇ないし三〇〇〇で、従来当局によつて黙認されていた多くのビラ貼りと大差のないものであり、また貼つた個所も五階及び二階の庁舎内部に殆んど限られ、一般第三者から見えるような外壁の貼付は二階の一部に僅か六七〇枚にすぎず、外部から見て特に庁舎の美観云々を問題にする余地のないものである。

2  請求原因2のうち、本件ビラ貼りが原告の職制の制止を無視しておこなわれたことは認めるが、その余の原告主張事実は否認する。本件ビラ貼り行動は、被告動労東京地方本部が昭和四四年五月一〇日に第四〇回臨時委員会において決定し、その後同甲府支部に指示しておこなわれたものであつて、同被告が決定し、指示したものではない。

3  本件ビラ貼り行為が原告の権利を侵害する違法行為であるとする原告の主張(請求原因3)は争う。本件ビラ貼り行為は被告動労の正当な組合活動の範囲に属する。すなわち

(一) 原告は一六万五〇〇〇名にも及ぶ要員合理化政策の一環として一方的に電気機関車(EL)及びディーゼル機関車(DL)の助士廃止による一人乗務を昭和四四年六月一日から強行しようとしたので、被告動労としては5.30ストを実施するよりほかに手段がなかつたし、乗務員を中心とする被告動労甲府支部の組合員も団交その他のアツピールの手段を失つた状況下で、原告に最後の警鐘を与えるため、本件ビラ貼り行動に移つたものであつて、真にやむをえない行動であつたのであるから、本件ビラ貼りはその目的において正当である。

(二) 本件ビラ貼りの手段及び態様については、右1にみたとおり、従来当局によつて黙認されていた通常のビラ貼りと同一の態様でおこなわれ、かつ、ビラ貼りによつて庁舎の美観を害する程度のものではなかつたし、建物の使用ないし業務に支障をきたしたこともない。

(三) 本件において、鉄筋コンクリートの建物である甲府総合事務所の壁や窓ガラスの表面に薄糊で紙製のビラを貼付したからといつて、この建物の所有者が利用・収益・処分の権能を発揮するうえにどれほどの支障が生じたといえるであろうか。勿論この場合でも形式的には権利の侵害があつたといえるかもしれぬが、実質的にみて所有者に損害を与えるほどの権利の侵害が生じたと果していえるか。原告の主張する「違法な権利侵害」は余りに形式的に過ぎるといわねばならない。

4  請求原因4のうち、原告がその主張の箇所に糊付けされたビラを除去する作業を外部の業者に委託したことは認めるが、その余の原告主張事実は争う。

被告らのビラ貼り行為と原告の主張する損害とは相当な因果関係に立たない。すなわち

(一) 本件ビラ貼り以前にも、甲府総合事務所では十数回にわたつて二〇〇〇枚から三〇〇〇枚のビラが貼られたが、これらのビラ貼りに対しては、すべてその直後原告が自らの職員を使い、水で濡らした雑巾やスチーム・クリーナーをもつてビラ剥がしをおこない、そのあとは全く旧に戻つて補修等の必要は全くみられなかつた。ところが今回に限つて格別合理的理由もなしにビラ剥しを外注し、しかも右外注によるビラ剥がしは、鋭利な皮切り(刃物)をつかつて壁のビラを削り取つたため必要以上に壁を傷つけ、さらに雑巾等をつかつてあとをきれいに拭くこともしないで、剥がし放しにして置き、そのあとを、塗装業者に依頼して、さらに壁削り用具で壁を削つたのちその上にペンキ塗装までするという異例なことがおこなわれたのであるが、本件の場合もし原告当局が通常の仕方でビラ剥ぎ作業をおこなつたとしたならば、そのための費用はきわめて微小であり、したがつて従前と同じくその費用の償還を被告らに求めることをしなかつたであろうと考られる。

(二) 仮に原告主張の損害のうちビラ剥ぎに要した委託代金相当額三万九〇〇〇円まではこれを認めざるをえないとしても、ビラ剥ぎのあとの塗装までを原状回復の範囲に含ませることは従来の経過に徴しても無理であるから、ペンキ塗装の委託代金相当額一〇万三〇三〇円の損害については何としても本件ビラ貼り行為との相当な因果関係を肯認するわけにはいかない。

三、抗弁

1  原告は民間業者株式会社ビル代行にビラ剥ぎを委託するに当つて、通常の作業方法の教示、とくに壁面を傷つけないで作業することの注意をせず、漫然ビラ剥ぎを委託した。その結果本来は不要であつたペンキ塗装を実施する次第となつたのであるから、かかる損害の拡大は原告の過失によるものというほかはなく、結局この事情は民法七二二条二項により賠償額の算定につき斟酌されるべきものといわなければならない。

2  被告動労は、昭和二六年機関車労働組合として発足して以来、ビラ貼りを組合活動の一環として行つてきたが、昭和三六年からのいわゆる反合闘争以来ビラ貼り活動の回数、規模とも拡大されてきた。同被告甲府支部においてもこのことに変りはなく闘争時を中心にビラ貼り活動が活発に行われ、甲府総合事務所へのビラ貼りは、例えば昭和四三年だけでも二月二〇日(反合二波)一三〇〇枚、三月二三日(同三波)一五〇〇枚、四月二五日(春闘)一三〇〇枚、九月八日(反合統一行動)一〇〇〇枚、九月一七日(同)一二〇〇枚、九月一八日(同)一〇〇〇枚、九月一九日(同)一〇〇〇枚の七回に及んでおり、昭和四四年に入つても本件以前にすでに一月二〇日(反合)一〇〇〇枚、二月六日(不当処分反対)二〇〇〇枚のビラを貼つているし、本件以後においても同年一〇月二八日(反合)二〇〇〇枚、昭和四五年二月二八日(人事移動闘争)一五〇〇枚、四月二八、二九日(春闘)二〇〇〇枚、六月二三日(反安保)一五〇〇枚、八月六、八日(不当処分反対)二〇〇〇枚、九月二一、二三日(不当弾圧反対)二〇〇〇枚、昭和四六年五月二〇日(春闘)二〇〇〇枚、七月八日(不当処分反対)一〇〇〇枚貼つているが、いずれの場合においても、原告は自らの責任でビラを剥がし、本件以外には告訴、損害賠償は皆無である。その意味で、本件は従来の労使慣行の明らかな違反であつて、本件損害賠償責任の追及は理由を欠く違法不当のものである。

四、原告の答弁(抗弁について)

被告の主張はすべて争う。

第三  証拠関係〈略〉

理由

一被告動労以外の被告ら二〇名の者が昭和四四年五月二八日午後五時五五分頃から同六時一五分頃までの間及び同日午後八時五〇分頃から同六時一五分頃までの間、原告が所有し原告の甲府機関区長が管理する甲府市北口二丁目一番九号東京西鉄道管理局甲府総合事務所五階及びその付近階段並びに二階及びその付近において、各自その実行行為を分担して、右同所の壁、扉及び窓等別表記載の箇所に巾約一三センチメートル、長さ約三七センチメートルのビラで「助士廃止断固粉砕」「16万5千首切り合理化反回対」などと印刷又は手書きしたもの約三五〇〇枚を糊で貼り付けたことは、右のビラの大きさ及び枚数の点を除いて、当事者間に争いがない。

右ビラの大きさなどについて、〈証拠〉をあわせると、紙質は印刷ビラが模造紙で、手書きビラが更紙であり、大きさはいずれも巾約一三センチメートル、長さ約三七センチメートルであることが認められる。また、右ビラの枚数について、同被告の本人供述によれば、被告動労の中央本部及び東京地方本部から一〇〇〇枚の印刷ビラが送付され、同甲府支部において組合員一人当り五枚の割で二〇〇〇枚の手書きびらが作成されて本件ビラ貼りのために用意されたことが認められる。また、〈証拠〉によると、本件ビラ貼りの事後のビラ剥がし当時において原告の担当者と業者間ビラ剥ぎ作業につきその枚数を三三〇〇枚と踏んでいたことを認めることができるが、前田証言中この認定に反する部分は措置しがたい。そして、〈証拠〉によると、本件ビラ貼り行為の前半(当日午後六時前後におけるビラ貼りのことで、当日午後九時前後における後半のビラ貼りに対していう。)が終つた段階ですでに二二〇〇枚の貼付が数えられたこと、及び本件ビラ貼り行為直後において原告の東京西鉄道管理局の白右運転部長の指示により貼られたビラの一壁分ほど剥がされたことが認められる。右の各認定事実に弁論の全趣旨をあわせると、本件びら貼り行為によつて貼られたたビラの枚数は三五〇〇枚をくだらないものと推認され、この認定を左右するに足りる証拠はみあたらない。

つぎに〈証拠〉によると、本件ビラ貼り行為の客体たる原告所有の施設すなわち東京南鉄道管理局甲府総合事務所は、鉄筋コンクリート七階建の庁舎で建坪九七二平方メートル、総床面積六四一〇平方メートルを擁し、原告の用地内にあつて同鉄道管理局所属の甲府機関区、甲府電力区、通信支区、建築支区、診療所等の一〇業務機関の事務所、倉庫、作業場等の用に供され、同総合事務所の管理及び運営に関する一切の業務は、甲府機関区長が内規にいう総合管理者としてこれを所掌するものとしていることが認められる。

また、〈証拠〉をあわせると、労働組合のいわゆるビラ貼りは国鉄の労使関係においては昭和二二年頃から始まつてだんだん嵩じてきた争議戦術であるが、このようなビラ貼り活動に対応して、当然のことながら、原告ははやくも昭和二一年(八月二六日公報依命通牒)以来原告の建築物及びその他の施設に管理責任者の許可なくして文字、絵画などを記載し又は掲示することを禁止し、これに違反する掲示類は速かに撤去することとしてその励行に努めてきたし、本件ビラ貼りが強行されるに際しては、甲府総合事務所庁舎の管理責任者である甲府機関区長三橋隆をはじめ、同機関区首席助役前田実以下助役ら職制がビラ貼りの制止に努めて、糊雫を浴びながら空しく奔命に疲れたことを認めることができる。

そして、原告は、甲府総合事務所について、その所有権が内容とする権能の範囲において自由にその権能を行使することができるから、本件ビラ貼りの如き施設利用行為を許容しないで同事務所を使用することの利益を享受することができるわけであり、さらに施設管理権にもとづいて同事務所の管理及び運営の目的に背馳し、業務の能率的かつ正常な運営を阻害する行為を一切排除する権能を有するから、本件ビラ貼りの如き業務阻害行為を禁止することなどができるわけである。したがつて、本件ビラ貼り行為は原告の右所有権ないし施設管理権を侵害するものというべきである。

右にみたとおりであるから、被告動労以外の被告ら二〇名の者は、共同して、本件ビラ貼り行為を遂行し、これによつて原告の甲府総合事務所に対する所有権ないし施設管理権を侵害したといわなければならない。

二本件ビラ貼り行為は、被告動労東京地方本部が昭和四四年五月一〇日に第四〇回臨時地方本部委員会を開いて決定し、その後被告動労甲府支部に指示して実施されたものであるところ(このことは被告らの自認するところである。)、被告動労以外の被告ら二〇名の者が共同して本件ビラ貼り行為を遂行したことはすでに認定したとおりであり、同被告ら二〇名の者がいずれも被告動労の組合員であり、かつ、同被告が原告の職員らで組織された労働組合で法人格を有することは当事者間に争いがないから、特段の事情のないかぎり、本件ビラ貼り行為は、被告動労がその組合活動として実施したものすなわち法人たる同被告の行為というべきである。

なお、〈証拠〉をあわせると、労働組合のいわゆるビラ貼り活動は、争議戦術たる大衆行動の一として駆使され、被告動労においても昭和四〇年代にはいつて日常的組合活動として定着して以来その扱いについては中央本部から各地方本部段階に任せて実施するように推移したこと、東京地方本部はさきの委員会決定及び指示に際し、各支部は同委員会終了後直ちにビラ貼りの大衆行動を展開し、官憲の弾圧体制等に動揺して後退することなく、ビラ貼り活動を強化し、その実施にあたつてきめの細い指導を行うべきことを強調したこと、中央本部は指令をもつていわゆる5.30ストの闘争拠点として甲府を指定し、ストに伴う当然のビラ貼りを予定して本件ビラ貼りに供されるに至つた印刷ビラ(前認定によれば一〇〇〇枚)を甲府支部に送付して本件ビラ貼りに備えさせたこと、中央執行委員鈴木博は、いわゆる現地派遣中央闘争委員として甲府支部に出向き、同支部執行委員である被告岡部信次郎、同鈴木豊後及び同横森好和が三橋機関区長、前田首席助役ら職制の制止を無視してその余の被告ら及びその他の組合員を指導しながら本件ビラ貼り行動に従事している現場に臨んで、時にビラ貼りの阻止行動に出た白石運転部長に非難の罵声を浴びせるなどして、同被告らのビラ貼り行動を見守つていたこと、東京地方本部からも小屋原執行委員が現地派遣闘争委員として右現場に来会していたこと、本件ビラ貼りの手段、態様及び結果は十分中央本部の意向ないし期待に応えるものと評価されたことなどを認めることができるから、本件ビラ貼り行為は、まえにもふれたように、被告動労がその組織的一体性をもつて強行した組合行動にほかならないというべきである。

以上の認定によれば、被告動労は、本件ビラ貼り行為を実施し、これによつて原告の甲府総合事務所に対する所有権ないし施設管理権を侵害したというべきである。

三被告らは、労働組合のいわゆる教宣(情宣)活動として、又は抗議行動による団結の示威としてビラ貼り活動を展開する必要性を強調して、本件ビラ貼り行為は被告動労が行つた正当な組合活動であると主張する。しかしながら、労働組合は、いわゆる企業別労働組合の場合においても、使用者の施設を利用してビラ貼り活動をするには、当該施設にビラを貼る権原(使用者がその施設の利用を許容しなかつたことによつて不当労働行為が成立するにいたつた客観的事情をも含む。)があることを要するところ、あえて被告動労が甲府総合事務所に、あとでもふれるとおり、場所柄も辨えず有らぬビラ貼りを強行して別表記載の壁、扉及び窓等を正体なからしめたことは、そのビラ貼りについて右のような権原があることの主張及び立証がない以上、動機たる目的がなんであろうと、その手段及び予想される結果において原告の甲府総合事務所に対する所有権ないし施設管理権を直接に侵害して、いたずらに原告に対し嫌がらせを仕掛けることを志向したものというのほかはない。そして、証人前田実の証言によると、国鉄甲府駅界隅にある原告の施設で被告動労の掲示用に便宜供与されているものに、間口2.5メートル、縦幅1.5メートルで庇屋根及び照明灯付きの掲示板、及び甲府総合事務所五階乗務室に横五メートル、縦一メートルのラシヤ張り壁掲示板があるほか、組合事務所があつて、動労甲府支部の規模で組合掲示に事欠くようなことはなかつたことが認められるのである。しかも、〈証拠〉によると、ビラの記載内容は、前認定の「助士廃止断固粉砕」「16万5千首切り合理化反対」のほか、「不当な処分・弾圧をするな」「青年労働者の力で反合決戦・全線区全面ストを断固闘い抜こう」「助士廃止反対助役廃止賛成」「当局よ団結の動労に勝てるか」「70年安保粉砕沖繩闘争勝利をめざし反戦青年委員会を強化しよう」「ビラをはがしてみろ団結で闘うぞ」などとさまざまであるが、「助士廃止断固粉砕」などの助士廃止反対を掲げるものが圧倒的に目立ち、また貼られた箇所は、別表記載のとおりであるが、壁三九面、扉一九枚、ガラス窓二枚のほか、窓口窓及び天井各一箇所に及び、そのうち壁のほとんど全部及び扉の大半がいずれもビラで覆い尽くすほどにびつしり貼られて正体もなく、甲府機関区等の原告機関の業務執行の場たる事務所として見るも無慙というほかない様変りを呈してしまつたことを認めることができる。

右のとおりであるから、本件ビラ貼り行為は、労働組合のいわゆる組合活動の名において、原告がこれを受認しなければならない理由はさらにないというべきである。なお、いわゆる春闘シーズン及びその他の争議時において、国鉄労組がビラ貼り戦術の展開であるとして、国鉄の電車、機関車、客貨車の車体の側板等に委細構わずビラ貼り及び落書きなどをしてこれを運行に供せしめていることは公知の事実であるが、同工異曲の本件ビラ貼り行動もその一環とあわせて、このような争議戦術の横行は、かえつて国民の顰蹙を買い、国鉄を私物化するものではないかと問い糺されることを懼れなければならない。本件ビラ貼り行為をもつて被告動労の正当な組合活動であるとする被告らの主張は到底採用することができない。

四本件ビラ貼り行為の権利侵害によつて生じた損害について考察するに、〈証拠〉をあわせると、株式会社ビル代行は、ビル及びその他の建築物の清掃、管理等を業とするものであるが、原告の注文に応じて本件ビラ貼りの後始末として約三三〇〇枚のビラ剥がし作業を請負い、昭和四四年六月五日から三日間延人員九人を要して右作業を仕上げ、その代金三万九〇〇〇円の支払いを受けたこと、右のビラ剥がし作業は、ビラを貼られた箇所に熱湯を注いでよく浸潤させたうえ、大部分は手で、一部容易に剥離できないものは皮切りと称する道具を使用して剥がす方法のものであつたが、ビラを剥がしただけではなお残る糊などの汚れ及び特に皮切りを使用したあとで壁、扉等の仕上げ塗装までよぎなく剥がされてできた疵痕が所所に点在し、その清掃及び修復工事が必要となつたことから、小田切塗装株式会社は、右清掃修復工事を原告から請負い、同年七月一二日から二日間延人員約二六人及びアクリル樹脂ペイント等の塗料を使用して327.5平方メートルの塗装工事を竣工し、その代金一〇万三〇三〇円の支払いを受けたことが認められるから、特段の事情のないかぎり、原告における右清掃及び塗装工事代金合計額一四万二〇三〇円の支払いは、本件ビラ貼り行為によつて生じた損害というべきである。

被告らは、原告当局が自らその職員を使役してビラ剥がしをするのが従前の例であるにもかかわらず、原告が異例にも本件ビラ剥がしを業者に外注し、さらに壁の塗替までさせたことを批難して、右損害額につき因果関係の欠缺を主張するけれども、被告らのこのような主張は、右の認定事実に照らして、それ自体理由がないものというべきである。

また、右の認定事実に〈証拠〉をあわせると、ビル清掃の専門業者たる株式会社ビル代行が右ビラ剥がし作業を遂行したことによつて壁に点在せしめるにいたつた疵痕等は、ビルの清掃及び管理等を業とする専門業者として、通常行い、かつ、本件ビラ剥がしにも適当する作業の工程及び方法によつてしてもなお不可避的に生じたものであることが認められ、右認定に反する証拠はない。したがつて、原告がビル代行に対し本件ビラ剥がし作業を委託するに当つて、作業方法を教示すること、壁面に疵痕を生じないように注意を与えることなどを特にしなかつたからといつて、これをもつて原告の過失とするのはあたらない。被告らの過失相殺の主張も採用のかぎりでない。

五以上の認定によれば、被告動労は法人たる不法行為者として、同被告以外の被告ら二〇名の者は共同不法行為者として各自、それぞれ右損害額一四万二〇三〇円を全額賠償する責に任すべきである。

被告らは、本件損害賠償責任の追及は原告と被告動労間の従来の労使慣行に違反し、その理由を欠く不当違法のものであると主張するけれども、仮に被告らのいうとおり昭和四三年だけでも七回、また昭和四四年一月から昭和四六年七月までの間本件ビラ貼りの前後合せて八回にわたつて被告動労による甲府総合事務所へのビラ貼りの強行があつたとしても、右一五回のビラ貼りについて、まだ原告が損害賠償責任を追及する行為に出ていないからといつて、そのことから直ちに原告が右ビラ貼り行為を承諾し(事前たると、事後たるとを問わない。)、又は右ビラ貼りによる損害賠償請求権を放棄して、その不法行為責任を問わないこととしたとみるのは被告らの身勝手な臆測というのほかはなく、特段の事情のないかぎり、原告は、右のビラ貼りを不法行為に該当するとみて損害賠償を請求するかどうかについて、一切の決定ないし選択を留保しているだけのことであるとみるのが相当である。したがつて、ビラ貼りによる損害賠償請求権の行使の事例として、本件訴訟提起が、たとい空前のものであつても、絶後たることの保証はなにもないといわなければならない。被告らの右主張も採用しがたい。

六よつて、被告らが各自原告に対して本件損害賠償金一四万二〇三〇円を支払い、かつ、本件不法行為時たる前記昭和四四年五月二八日の後である同月二九日以降右支払いずみにいたるまでの遅延損害金として、右金額に対する民法所定年五分の金員を支払うべきことを求める原告の本訴請求はすべて理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条一項但書を、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(中川幹郎 松野嘉貞 大喜多啓光)

別表

一 五階及びその付近階段

1 調度品倉庫西外壁

2 区長室西外壁及び同室扉

3 機関区事務室西外壁、同室扉及び会計・乗車証窓口窓

4 運転当直室北外壁

5 指導助役室北外壁

6 乗務員室外壁及び同室扉

7 訓練室東外壁及び同室扉

8 講習室東外壁及び同室扉

9 文書保管庫東外壁

10 エレベーター室東、西及び南外壁並びに同室扉

11 北側下り階段北、東及び南内壁並びに東外壁

12 南側下り階段東内壁、上り階段西内壁並びに両階段東、西、南及び北外壁

13 便所東、西、南及び北外壁並びに扉

14 洗面所・湯沸室東、西及び南外壁並びに扉

15 防火用扉、天井

二 二階及びその付近

1 洗面所東外壁及び防火用扉

2 エレベーター室西及び南外壁並びに同室扉

3 機関車掛室北外壁並びに同室北側扉

4 保線支区器具庫南外壁並びに機関車掛室との間仕切壁

5 機関車掛室及び東外ガラス窓

6 保線支区器具庫、信号支区倉庫及び信号支区試験室東外壁及び扉並びに正面入口扉

7 庁舎外側東コンクリート壁

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